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広島高等裁判所岡山支部 昭和55年(ネ)91号 判決 1984年7月26日

控訴人(原告)

山本歳太郎

被控訴人(被告)

玉野市

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人は、控訴人に対し、金五二三万九四八〇円及びうち金四六八万九四八〇円に対する昭和五二年三月一八日から、うち金五五万円に対する本判決言渡の日の翌日から支払ずみまで、いずれも年五分の割合による金員を支払え。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも、これを二分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は、控訴人に対し金一一二九万九四七六円及びうち金一〇二九万九四七六円に対する昭和五二年三月一九日から、うち金一〇〇万円に対する判決言渡の翌日から、いずれも支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、第一、二審共、被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張は、次のとおり付加訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであり、当事者双方の証拠の提出、援用及び認否は、本件記録中の第一、二審調書記載のとおりであるから、これをここに引用する。

一  原判決二枚目裏二行目の「本件農道」を「本件農免道」と改め、以下事実摘示中に「本件農道」とあるのをすべて上記のとおり改める。

二  原判決二枚目裏一〇行目から一二行目までを次のとおり改める。

「右盛土は、玉野市用吉地区の農業土木指導員である細川男也が、同地区内の農道の補修工事を実施するにあたり、これに使用すべき土砂として、大野建設に指示して、本件農免道上に堆積させたものである。

玉野市農業土木指導員は、農業土木に関する事項、即ち、農道、農業用水その他農業用施設の整備、維持、管理をその職務として、被控訴人市長によつて任期一年として選任される市の補助機関であり、その職務の執行については、専決委任事項として農林水産課長の指導監督をうけるものである。そして、前記農道等の農業施設の補修工事実施の具体的手続は、次のとおりである。即ち、予じめ地区別に示達された予算の範囲内で、農業土木指導員において、「工事伺書(工事許可申請書)」を、被控訴人市に提出し、その許可及び予算の配付(但し、一定の枠内では市において購入)を受け、被控訴人市の指定した業者ないし地区住民を指示して施工させるものである。なお本件においても被控訴人市において大野建設から土砂を購入し、担当係員において、同地区内への搬入方を指示しているものである。

右の農業土木指導員の地位、職務内容からすると、本件の補修工事は、被控訴人市自らが施工したと同視すべきものであるから、前記補修工事の際に細川の指示により堆積された本件盛土をもつて、第三者の所為によつて生じたものとして、被控訴人市において責任を免れるものではない。のみならず、前記職務内容からすると、細川は本件農免道の整備管理を被控訴人市から委託されているものとみるべきであり、従つて、細川において本件盛土の堆積を知る以上、被控訴人市において本件農免道の危険を知つたものというべきであるから、被控訴人市において、本件農免道が安全性を欠く状態にあることを知らなかつたものとはなし得ない。

次に、細川は、前記のとおり農道等の管理を執行すべき被控訴人市長の補助機関であり、本件補修工事は、細川においてその職務権限内で実施した被控訴人市の右の行政事務の執行であることも明らかであるところ、本件事故は、本件補修工事に際し、盛土を本件農免道に放置し、危険発生防止をとらなかつた細川の過失により生じたものである。

以上のとおり、本件事故は、被控訴人市の本件農免道の管理の瑕疵に基づいて発生したものであり、然らずとしても、被控訴人市長の補助機関たる細川が、その職務を行うにあたり、その過失により惹起せしめたものであるから、被控訴人市は、国家賠償法二条一項により、或は、民法七一五条により、本件事故により控訴人が被つた損害を賠償すべき責任がある。

三  原判決三枚目表五行目から一二行目までを次のとおり改める。

「(1) 昭和四九年四、五月、金一三万八〇〇〇円(但し、毎月六万九〇〇〇円)

(2) 昭和四九年六月から昭和五〇年五月まで金一三三万三二〇〇円(但し、一ケ月当り八万六一〇〇円の一二ケ月分と年間賞与三〇万円)

(3) 昭和五〇年六月から昭和五一年五月まで金一四五万四〇〇〇円(但し、一ケ月当り九万二〇〇〇円の一二ケ月分と年間賞与三五万円)

(4) 昭和五一年六月から昭和五九年五月まで金八八一万三九七三円(但し、年間収入を九万二〇〇〇円の一二ケ月分と年間賞与三五万円の合計額とし、労働能力の喪失率を九二%として、ホフマン式計算方法により中間利息を控除する)。」

四  原判決三枚目裏七行目から同四枚目表四行目までを次のとおり改める。

「4 損害の填補八三二万九三七七円

控訴人は、本件事故により被つた前記傷害に基づく後遺障害につき労働者災害補償保険法に定める障害等級第四級に該当する障害ある旨の認定を受け、(イ)休業給付金七七万七九三四円、(ロ)休業特別支給金一五万一一八八円、(ハ)障害特別支給金六四万円、(ニ)障害給付年金五九〇万四八九四円、(ホ)障害特別年金八五万一七六一円、合計八三二万九三七七円の支給を受けた。前記3の損害から右労災保険金を控除するとその残額は、一一二九万九四七六円となる。

5 よつて、控訴人は被控訴人に対し右一一二九万九四七六円と弁護士費用にかかる損害を除く一〇二九万九四七六円に対する本件事故発生の日の後の昭和五二年三月一九日から、弁護士費用にかかる損害一〇〇万円に対する判決言渡の日の翌日から、いずれも支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。」

五  原判決四枚目表六行目を次のとおり改める。

「1 請求原因1記載のうち、同記載の日時、同記載の道路上を、控訴人が自動二輪車を運転進行中に転倒したことは認める。その余の事実は知らない。」

六  原判決四枚目表七行目から一〇行目までを次のとおり改める。

「2 請求原因2の事実のうち、本件農免道が被控訴人において管理するものであること、本件事故当時本件農免道上に盛土があつたこと(但し、その堆積の形状は除く)、本件盛土は細川男也がこれを堆積させたこと、細川は当時玉野市農業土木指導員であつたことは認める。その余の事実は否認ないし争う。本件事故の発生については、被控訴人には後記のとおり、賠償責任はない。」

七  原判決五枚目表八行目の次に以下を付加する。

「玉野市農業土木指導員の地位、職務について、控訴人の主張するところは誤りである。玉野市においても、道路法、河川法等の公物法の適用のない所謂「法定外公共物」、即ち、道路法の適用のない農道、里道、畦畔や農業用水路が多数存在するが、これらはその管理者が法定されていないものである。ところで、地域住民においては、これら農道、用水路の利用に強い利益を有することから、これら受益者らにおいて、自発的に、自らの費用と労務によつて、共同してその維持管理にあたるのが全国共通の慣習であり、被控訴人市においても同様である。そして、右の慣習に基づく受益者らの前記農道に対する維持管理のためには、受益者によるその代表者の選任が必要であり、かかる必要から選出される代表者が被控訴人市における農業土木指導員であつて、それは、前記目的のため受益者によつて選出されるものであつて、被控訴人市長の補助機関ではあり得ない。

尤も、農業土木指導員に対し、被控訴人市長名義の委嘱状を交付するが、それは受益者らのなした代表選出行為を認証するものであつて、選任ないし任用行為ではない。また、農道等の補修の経費の一部を被控訴人市が支弁するが、これは純然たる補助金として交付するものである。右の補修工事は、本来農業土木指導員の自主的判断に基づくものであり、工事に際し、「工事伺書」を提出するが、それは、被控訴人市の許認可を求めるものではなく、右の補助金の交付申請であり、これに対しては被控訴人市においても、補助金交付の適否の観点から検討を加えるに過ぎない。

本件においても、細川は、用吉地区の農業土木指導員として、その自主的判断に基づいて国有の法定外公共物である同地区内の農道の補修を企画し、その補助として資材の土砂の交付を申請し、右申請により補助として受くべき土砂を被控訴人市から受領し、本件農免道上に堆積させたものである。

右のとおり、農業土木指導員である細川が実施した補修工事を被控訴人市の施工した工事と解する余地はなく、また細川には、法定外公共物ではない本件農免道の管理については何らこれに関しないものであり、また、被控訴人市と細川との間には、単なる補助金の交付関係があるにとどまり、何ら任用ないし雇用関係もなく、補修工事についても指揮監督関係もない。」

八  原判決五枚目裏一一行目を次のとおり改める。

「3 請求原因3の事実は知らない。同4の事実のうち、控訴人が同記載のとおりの労災保険金の給付を受けたことは認める。」

九  原判決六枚目表二行目の次に以下を付加する。

「控訴人の民法七一五条に基づく請求は、控訴人が本訴においてこれを主張した昭和五六年二月一〇日当時、既に時効によつて消滅した。控訴人は、細川と被控訴人市の関係は、控訴人主張のごとき使用関係にあることは、これに関する証拠資料を提出した昭和五二年六月九日当時、これを知つたものであるから、これから三年を経過した前記日時、時効によつて消滅した。よつて本訴において右時効を援用する。」

理由

一  控訴人が昭和四九年四月二日午後七時三〇分頃、玉野市用吉地区内通称農免道(本件農免道)上を自動二輪車を運転進行中に転倒する事故に遭遇したことは当事者間に争いがない。

そして、成立に争いがない甲第二号証の一から五まで、甲第一〇、第一二、第一三号証、乙第一号証、原審における証人黒田健一の証言に弁論の全趣旨によると、次のとおり認められる。

本件農免道は幅員五・八メートルの舗装道路で(事故現場付近は直線道路)あるが、本件事故当時には、その道路側端(控訴人の進路からは左側端)から中央線をこえて、約三メートル強にわたつて、土砂約四トンが小山状(中央部の高さ一メートル位)に堆積されていた(形状の点を除き堆積土のあつたことは争いがない)。控訴人は、時速約三〇キロメートルで、本件農免道上を、前照灯を下向きにして進行していたが、折柄対向してきた貨物自動車の前照灯に眩惑され、視野を失つたその直後に、前記堆積土砂(以下「本件土砂」という)に乗り上げて転倒し、そのため、請求原因1の(三)記載の傷害を被つた。

以上のとおり認められ、甲第七号証から第九号証までのうち堆積された土砂の形状に関する部分は、前記認定に供した証拠に対比して採用し難い。

二  そこで、被控訴人の責任について検討する。

本件農免道は、成立に争いの甲第五号証によれば、岡山県が農道整備事業として造成し、被控訴人市が舗装した県有道路であつて、農業用のみならず一般の交通の用に供せられるものであることが認められるが、これを被控訴人市が管理するものであること、本件土砂を堆積させた細川男也が玉野市農業土木指導員であつたことは当事者間に争いがない。

(一)  前記甲第二号各証、前記証人黒田の証言、成立に争いがない甲第三、四号証、甲第七号証から第九号証までと弁論の全趣旨を総合すると、次のとおり認められる。

本件農免道上に堆積された本件土砂は、事故当日の午後三時頃から午後四時頃にかけて「大野建設」が事故現場に運送して堆積したもので、右土砂は玉野市農業土木指導員である細川が本件農免道から枝分れ状につづく別個の農道の補修のために用いるべく、被控訴人市から現物配付を受けたものである。そして、本件農免道上に堆積されたのは、細川の指示によるものである。

細川は、堆積作業の終了後、本件土砂の上に竹竿を立て、その先にビニールひもやビニール布をとりつけて、一応の表示をしたが、そのほかには、右土砂の存在や、右土砂により本件農免道は片側が中央部を越えて遮断された状況であることを表示するに足る標識を設置することはしなかつた。

以上のとおり認められる。甲第七号証から第九号証中右認定に反する部分は採用し難く、他にこれに反する証拠はない。

(二)  次に、成立に争いがない甲第六号証、第二三号証の一、二、第二五号証、第二六号証の一、二、第二七号証から第三一号証まで、第三二号証の一、二、当審証人井上正男、同大野健治の各証言、当審証人大賀久保彦の証言の一部ならびに弁論の全趣旨によると、次のとおり認められる。

1  玉野市農業土木指導員は、玉野市内の所謂法定外公共物、即ち、道路法、河川法等の適用のない建設省所管の国有財産、具体的には通常里道といわれる農道や農業用水路の機能を維持管理するために毎年地区毎に置かれるもので、その選任は、地区毎に、地域住民により推薦されるのであるが、その推薦にあたつては適任者が選ばれるよう市の行政指導がなされ、右推薦された者の就任に際しては市長名で「玉野市○○地区担当の農業土木指導員を委嘱する。ただし、委嘱期間は、昭和○○年三月三一日までとする。」旨の委嘱状を交付する手続がとられ、手当として昭和四九年当時は年間五〇〇〇円、昭和五七年には一万円が市から支給されていた。

2  その担当するのは、前記法定外公共物の機能維持に関する事務であり、被控訴人市の農林水産課の所管とされている。具体的には、法定外公共物である農道、水路の補修等がその主たるものである。ところで、右農道の補修に関する工事は、その工事の規模内容に従つて、工事実施手続上、被控訴人が直接施工する直営工事とそれ以外の概ね、小規模な特段に工学技術を要しない人夫作業等によりまかない得る補修工事に区分されているが、直営工事については、農業土木指導員が理由を明示した工事伺書を提出して、その旨の申請をなすものとされている。後者の補修工事は農業土木指導員が実施するものとされているが、農業土木指導員に対し、予じめ、被控訴人市から、地区毎に地区内の農道等の補修に関する経費の予算額が示され、これを前提に農業土木指導員が工事内容、経費の概要を明示した工事伺書を被控訴人市に提出し、農林水産課長の認可を受けて(なお同課長の専決事項と規定されている)、施工し、工事終了後は、工事完了報告書を提出する。この補修工事にあてる経費のうち、資材類は、農林水産課で購入配付するもので、農業土木指導員はこれを購入し得ないものとされており、その余の人夫作業賃は、工事終了後、農業土木指導員において、工事完了報告書と共に、補修工事に実際に要した賃金の請求書を提出し、通常書面審査ではあるが、工事施工の有無、作業の実状を調査のうえ、被控訴人市から定期に定額で、農業土木指導員に配付し、これによりその支払がなされる扱いである。

3  そして、右のようにして支出される経費は、被控訴人市の財政上、一般予算に計上されるもので、本件において、細川が実施しようとした補修工事も前記の手続に基づく補修工事にあたるものである。

以上のとおり認められるところ、この認定に反する証人大賀久保彦の証言は採用し難い。

(三)  前記(一)認定の事実からすると、本件事故当時、本件農免道上には、車両の進行を遮断する状態で本件土砂が堆積されており、当時、本件農免道が右の状況にあることを夜間表示する適切な標識の設置その他危険防止の措置は講じられていなかつたものであるから、本件農免道はその安全性を欠く状態にあつたというべきである(細川がなした表示は、甲第二号各証により認められる本件農免道の照明状況からすると、到底危険防止のための標識として適切なものとはいえない)。

そして、前記認定事実によると、控訴人が前記のように転倒受傷したのは、本件農免道の右安全性の欠如によるものということができる。

右に関し、被控訴人は、控訴人において前方注視を怠らなければ、本件土砂の存在を予じめ知ることができた筈であるから、控訴人の転倒は、控訴人の過失のみにより生じた自損事故というべきものであると主張する。控訴人は前記のとおり、本件事故直前に、対向車の前照灯に眩惑され、事前に本件土砂の堆積に気づき得なかつたものである。そして右のような眩惑の危険に遭遇する事態もまれではなく、かつそれを予測し得ないものではないから、控訴人において対向車との離合に際し、右危険の生じたときには直ちに急停車し得る車速で運転しておれば、眩惑状況下で進行する事態を避け得て、事前に右土砂の存在を知り、これを回避し得た筈と解されるものではある。

しかし、控訴人は、直線道路である本件農免道上左側を直進していたものであるところ、道路利用者としては、適切な標識の明示のない限りは、道路上に進行を妨げる障害物は存しないことを前提に進行することが許されるものというべく、本件において、本件土砂の堆積がなければ、控訴人において視野を失つたまま走行したとしても転倒に至らなかつたものと推認できるのであるから、本件事故を控訴人の過失のみにより生じたものということはできない。

三  次に、被控訴人の「請求原因に対する認否」2の(一)記載の主張について検討する。

(一)  前記二の(一)認定のとおり、本件土砂は、細川が指示して堆積させたものであり、前記甲第二号各証、甲第五号証によると、本件農免道は農道整備事業に基づいて整備舗装されたものであつて、所謂幹線道路ではなく、車両の交通はむしろ少いものであり、本件事故は、土砂堆積作業が終了してから、四時間余を経過した後に発生したものではある。

(二)  しかし、前記二の(二)認定の事実によると、法定外公共物の有する機能を維持、管理することは、その利用者である地域住民の農耕上、生活上の利益に帰することから、右の機能の維持管理を、地方公共団体たる被控訴人市の公共事務として行うものとし、右の行政事務の執行のため、農業土木指導員制度を置き、被控訴人市の予算をもつて、右公共用物の機能維持のための補修工事の経費を支出するとしたものと解される。そうだとすると、農業土木指導員は、被控訴人市の右の行政事務を執行する広義に所謂被控訴人市の長の補助機関であり、かつ、公共用物である前記農道の補修工事は、右行政事務の一部をなすものということができる。

右に関し、被控訴人は、右法定外公共物の維持管理は、地域住民に属し、被控訴人市においては、これに対し「補助金」を交付しているに過ぎないというが、右公共物の機能管理の事務は、地方自治法二条二項ないし四項を根拠として、通常、これを地方公共団体たる市町村がその公共事務として行うものであると解される(建設大臣官房会計課長から各都道府県土木部長あて昭和五二年九月三〇日付建設省会発第九七〇号「法定外公共用財産(里道、水路等)の管理について」参照)ところ、前記認定のとおり、農業土木指導員の選任は市長が行うもので(これを単に認証行為とは解し難い)、かつ、機能管理のためにする前記補修工事については、被控訴人市において直営施工するか、農業土木指導員が施工する場合でも被控訴人市の認可に基づき、かつ資材、人夫賃も配付を受けるものであるなど補修工事に関する手続及び農業土木指導員に対する被控訴人市の権限からすると、被控訴人の前記主張の如くには解し難い。

そうすると、細川において実施しようとした法定外公共物たる農道の補修工事は、これを被控訴人市の行政事務の執行というべく、前記農業土木指導員において、右趣旨の補修工事作業の一部として、右工事に用いるべき土砂を堆積せしめたことにより本件農免道の安全性の欠如を招来せしめた場合には、たとえ、管理担当者において、本件土砂の存在ないし、標識の欠く状態にあることを知らず、また、農業土木指導員の職務が法定外公共物ではない本件農免道の管理については及ばないものであつたとしても、被控訴人市においては本件農道の管理者として、本件事故について、その責任を免れないものというべきである。すなわち、この場合、被控訴人市は道路の安全性の欠如が「第三者の行為」により惹起され結果の発生が回避不可能であつたものとして免責を得ることはできない。

四  そこで、控訴人の被つた損害について判断する。

(一)  前記甲第一二、一三号証、成立に争いがない甲第一四号証から第一六号証まで、原審における証人山本清子の証言(第一回)、控訴人本人尋問の結果、鑑定人黒田邦彦の鑑定の結果を総合すると、控訴人は、本件による前記受傷について、事故当日の昭和四九年四月二日から九月一七日まで玉野市三宅(内科外科)病院に、前同日から昭和五〇年二月一五日まで、岡山労災病院に入院し、ついで同年八月二〇日まで通院し(実通院日数三六日)、更に昭和五一年八月一一日まで、小谷内科医院に通院して(実通院日数一三〇日)、治療を受け、また昭和四九年五月二九日から昭和五二年一月三一日まで赤木眼科医院に通院して(実通院日数五四日)、治療を受けたこと、控訴人には、昭和五〇年八月二〇日当時、左眼がほゞ失明状態で、頭蓋内損傷による運動障害、知能低下を伴う神経障害等の前記受傷に起因する後遺障害があること、前記障害は昭和五四年一月当時にもほゞ同様であつて、情動失禁、緩徐動作、拙劣運動が顕著であり、これら障害の程度は、左眼失明の点は労働者災害補償保険法(同法施行規則)の定める障害等級八級に、その余の神経系統の障害は五級に相当し(但し、全体として、所謂総合繰上げにより第四級となるもの)、その労働能力は、右障害のため、四分の一に減じたものとみられることの各事実が認められる。これに反する証拠はない。

(二)  そこで、更に各々の損害について判断する。

1  前記(一)認定の事実によると、控訴人は、前記受傷及びこれによる障害のため、(イ)事故の日の翌日から二年間の昭和五一年三月末日までは就労し得なかつたものであり、(ロ)それ以降その労働能力を四分の一に減じたものと認めることができる。

証人児新隆美の証言と弁論の全趣旨により成立の認められる甲第一七、一八号証、前記証人山本清子の証言、控訴人本人尋問の結果によると、控訴人は大正四年二月一〇日生れ、事故当時五九歳の健康な男子で、タマデン工業株式会社に勤務していたが、本件事故による受傷のため、昭和五〇年一一月一七日退職したこと、控訴人は昭和四九年三月当時基本給六万九〇〇〇円のほか年間三五万円の賞与その他の手当を得ていたこと、そして、同会社においては、控訴人と同等の従業員の基本給は、同年五月二一日から月額八万六一〇〇円に、昭和五〇年五月二一日から月額九万二〇〇〇円にそれぞれ昇給したものであることが認められる。

そうすると、控訴人は、本件事故に遭遇することがなければ、今後一〇年間は、前記労務ないし、これと同等の労務に服し得て、前記基本給(昇給後のそれを含む)、賞与程度の収入を得ることができたものと推認できるから、控訴人は本件事故により、(イ)前記就労不能期間につき毎月前記収入、即ち昭和四九年四月三日から五月末日まで毎月六万九〇〇〇円(但し、四月三日から同月末日までは日割計算の六万四四〇〇円)の、同年六月から昭和五〇年五月末日までは毎月前記昇給後の八万六一〇〇円と年間賞与三〇万円(但し控訴人主張の限度額)の一ケ月当りの額(二万五〇〇〇円)の合計一一万一一〇〇円の、同年六月から昭和五一年三月までは、毎月同じく昇給後の九万二〇〇〇円と年間賞与三五万円の一ケ月当りの額(二万九一六六円、円未満切捨て)の合計一二万一一六六円の得べかりし各収入を失い、同額の損害を被つたもので、その総額は二六八万三二六六円となる。

更に、(ロ)昭和五一年四月以降八年間は、毎年右当時の収入額一四五万四〇〇〇円の四分の三相当の一〇九万〇五〇〇円の得べかりしであつた収入を失い、同額の損害を被るもので、これを控訴人主張の基準時に一時に支払を求めるものとして、ホフマン式計算方法により年毎に年五分の割合により中間利息を控除して合算すると、七一八万四八六八円となる。

2  前記(一)認定のとおり、控訴人は、三宅病院、岡山労災病院に三二一日間入院したものであるところ、一日につき雑費として五〇〇円、合計一六万〇五〇〇円を支出し、同額の損害を被つたものと認められる。

3  前記(一)認定の事実と前記甲第一四、第一六号証によると、控訴人は前記治療を受けた赤木眼科医院に九七五〇円を、小谷内科医院に一万九二三〇円を支払い、合計二万八九八〇円の損害を被つたことが認められるが、これを超える医療費の支出の事実を認め得る証拠はない。

4  控訴人が受けた傷害の部位、程度、その治療に要した入通院の期間、後遺障害の程度に、前記のとおり、控訴人において注意を尽せば、本件事故を回避し得る余地はあつたこと、その他一切の事情を斟酌すると、控訴人が本件事故により被つた苦痛を慰藉するには、金四五〇万円をもつて相当とする。

(三)  次に、本件事故の生じたことには、前記のとおり控訴人にも過失のあつたところ、本件において、前記(二)の1の損害については控訴人の右過失を斟酌して、被控訴人の賠償すべき額を決するを相当とすべく、これを六〇〇万円と定める。

なお、被控訴人は、控訴人において本件事故当時、ヘルメツトを着用していなかつたため、重傷に至つた旨を主張するところ、控訴人主張の写真であることに争いない甲第二二号証の一から七まで、前記証人山本清子の証言(第二回)、同児新隆美の証言、控訴人本人尋問の結果によると、当時着用していたものと推認し得るところであつて(前記証人黒田健一の証言は直ちに採用し難い)、従つて、右の点で控訴人に過失があるとする被控訴人の主張は採用し難い。

(四)  控訴人が、請求原因四記載のとおりの労災補償金八三二万九三七七円の給付を受けたことは、当事者間に争いがないから、これを前記(二)の1の損害(但し、前記(三)の過失相殺後のもの)の填補にあてるべく、そうすると、右の損害はすべて填補されたこととなる(なお、右填補後、残余を生ずるが、これをその余の損害、慰藉料の填補にあて得るところではない)。

(五)  前記によると、控訴人は、被控訴人に対し、合計四六八万九四八〇円の賠償請求権を有するところ、この支払を受けるため、控訴人代理人弁護士に対し、本件訴訟の提起追行を委任したものであることは、記録上明らかである。そして、本件訴訟における主張、立証の実情、前記支払を求め得べき賠償額を総合すると、同弁護士に支払うべき費用のうち、金五五万円の限度で、本件事故と相当因果関係にある損害というべきである。

五  そうすると、被控訴人の本訴請求は、前記認定の損害合計五二三万九四八〇円とうち弁護士費用にかかる損害五五万円を除く四六八万九四八〇円につき本件事故発生の後の昭和五二年三月一九日から、弁護士費用にかかる損害五五万円に対する控訴人主張の限度の本判決言渡の日の翌日から、支払ずみまで年五分の割合による損害金の支払を求める限度で、これを認容すべく、その余は失当として棄却すべきところ、これと異なる原判決は失当で、本件控訴は一部その理由があるから、前記趣旨に従つて、原判決を変更することとし、訴訟費用につき民訴法九六条、八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 安井章 萩尾孝至 北村恬夫)

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